境内のご案内

末社 松本稲荷神社

御祭神宇迦之御魂神(ウカノミタマノカミ)

ウカノミタマノカミは、スサノオノミコトの御子神です。というより別称である「お稲荷さん」のほうがはるかに有名で全国的に信仰を集めています。稲をはじめ穀物をつかさどる神(保食神)であり、多くは、狐を神の使いとして稲荷社の前に奉ります。当社殿は平成16年に新しく建替えられました。

神馬舎

神社に願いを込め奉納される馬を神馬と言い、神の乗り物であるとされています。この神馬舎はその名残であり、参拝される方が神社に願いを込めて奉納する「絵馬」も同じ意味を持っています。延喜式第26条では、雨を願う時には黒毛馬を、晴れを願う時には白毛馬を奉納するという記述があります。

手水舎

お参りをする前に日常生活でついた種々の穢れを落とし、心身を清めるために手と口をすすぐ神聖な場です。もともとは、神社を訪れる際に近くの川や湧き水で身を清めていたことに始まります。

玉造黒門橋 石碑・石垣

かつて大阪城の玉造門は黒塗りであったことから黒門と呼ばれていました。近くに流れる猫間川に、幕府の命によって橋が架けられたのは慶安3年(1650年)のこと。橋には大阪城の石垣を用いられました。架けられた橋は黒門橋と名付けられましたが、大阪で初めての石造りの橋であったため大変珍しがられ、「石橋」と呼ばれて親しまれたそうです。江戸時代には「お伊勢参り」の出発点として賑わった石橋ですが、大正3年(1924年)に廃橋となり、土地の氏神である当社に大阪市より石材として寄付されました。現在は神社の記念碑や西側の玉垣の一部に使われております。

暗越奈良街道

大阪と奈良を結ぶ奈良街道中でも、生駒山の暗峠を通る道は暗越奈良街道と呼ばれ、江戸時代からお伊勢参りや大和へ旅立つ人々で大いに賑わいました。その街道の起点であった玉造に「つる屋」「ます屋」という二件の茶屋が建ち、旅人達の憩い場として大変繁盛したそうです。茶屋が二軒あったことからその場所を「二軒茶屋」と呼び、大和・奈良の都へ通じる街道の入り口として世に広く知れ渡りました。この標識は、八阪神社の南参道の先にあります。

神輿

当神社では、大中小の神輿を所有しており、神輿庫、拝殿に展示しております。大御輿は、夏祭りや秋祭り、十日戎にはライトアップしますので、ぜひ一度ご覧になってください。

地車

地車(だんじり)は八阪神社奉賛会地車部によって管理されています。夏祭りの2日間は、氏子さんを中心に法被姿の子どもたちも加わり、勇壮に地域を巡行します。